側切歯口蓋側転位による審美障害の改善症例

歯科治療にはいろいろなバリエーションがある。
優れた歯科医師とは、そのバリエーションの引き出しを多く持ち、
各場面に合わせて柔軟かつ的確に施術する者である。
もちろん医療はそれだけではなく、人徳や倫理についても深く考察し、
相手の信頼を裏切ることの無いように努めなければならない。
医術とは、様々な能力を積み重ねて行われるものである。
 
38歳 女性
上顎側切歯が両側とも口蓋側転位し、上顎前歯部の空隙を呈している。
 
前歯の空隙による審美障害を主訴とし、現在他の疾患も抱えており闘病中であることから、
歯科治療はなるべく簡潔に行いたいとのこと。
この場合、大切なことはゴールをどこに設定するか?である。
患者さんの主訴を鵜呑みにする前に、患者さんの性格とこれまでの治療履歴を把握しておくことだ。
この症例の場合、歯科医の見地からいえば、矯正治療が最も理想的であろう、
しかしながら歯科医師の理想が、患者さんにとって必ずしも理想だとは限らない。
そして患者さんの理想が、必ずしも医学的に正しいとも限らない。
両者の狭間でお互いに理解を深めながら解決法を模索する。これこそ医療の本質ではなかろうか。
その過程の中で信頼が築きあげられていくのだ。
矯正治療の弱点は、時間と不快感(人にもよるが)が長くかかることだ。
その犠牲を払ってまで得たい目標なのかどうか?
~したい、~なりたい と患者さんが言う言葉を、
どれだけの要求心が支えているのか? 歯科医師はそこまで汲み取らなければならない。
何時間も話し合う中で、患者さんが知識を深めていくことで価値観や判断力もそれなりに変化する。
正しい歯科の情報を伝えることで、患者さんはより適切な治療法を選択するようになる。
 
患者さんの価値観が、将来的に変わらないとは限らない。
選択肢をできるだけ多く残しておくことも歯科医師の努めである。
万が一将来、矯正治療を選択してもちゃんと受けられるように、
なおかつ歯ブラシやデンタルフロスによる自己管理が可能で、
十分に患者さん自身が満足できる審美性を求めた結果、このような方法を選択した。
治療法は右上3番のダイレクトボンディングと左上2番のオールセラミッククラウンである。
左上2番の歯の位置は変えていない。 クラウン形態を工夫したのみである。
デンタルフロスもちゃんと使用できる。(歯科医院での定期的清掃は必須です)
審美性と自浄性については、やはり矯正治療にはかなわないが、
あらゆる制限の中から導き出された治療法としては、患者さんも十分に満足しているようだ。
治療は3回ほどであったが、治療に入るまでの話し合いについては合計で数時間を要した。
治療前にあらゆることを把握し、あらゆることを明確にしておく。そこには十分な時間をかけておくこと。
一見遠回りだが、実はこれが最も近道なのだ。
 
 
2年後の経過は良好であり、歯頚部歯肉の自然増加が認められる。
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治療前

治療後