Dr. 後輩へ

僕の17年間の臨床の経験値なんてたかが知れているけど。

少なくとも、僕は君より長くこの歯科医療業界で仕事をしている。

これから言う事が、 必ずしも君に当てはまるかどうか僕にはわからない。

また、輝かしい未来を手にする方法は決して一つじゃない。

 

誰かの成功論が、他に誰かに当てはまる確約もない。

 

世界はランダムに満ち溢れているからね。

 

それを踏まえた上であえて言う。

 

僕が今の君に必要だと思う事を告げる。

気を悪くしないでくれよ。

そうだとしても、君なら分かるはずだから。

 

歯科医の仕事の本質は、 虫歯を除去し何かで埋めることじゃない。

 

ましてや歯を抜くことでもなければ、 入れ歯をつくることでもない。

 

治療そのものを仕事の本質ととらえてはいけない。

お金を稼ぐためだけに仕事をしてしまうと、

いつか必ず大きな壁にぶち当たる。

 

そして、そこから先に全然進めなくなる。

誰もが豊かな生活を望む、

そのためにはお金は必要不可欠だ。

お金を得る手段として仕事がある。

これは間違いない。

お金を稼ぐことは本当に素晴らしい。

 

仕事で稼ぐという事は、 それだけ多くの人に認められているという事だ。

 

ただし、金額の問題だけで判断してはいけない。

世の中には相場というものがある。

相場とは、 これまで多くの人々が認めてきた仕事の価格だ。

 

だから、稼ぐ金額だけでその仕事を評価してはいけない。

 

一言で言えば、 仕事の価値は金額だけで決まるものではないという事だ。

 

歯科医の仕事は本当に大変だ。

長くこの仕事に就けばつくほど、それがわかってくる。

 

卒業して間もない頃と、経験をそれなりに積む頃では、

ありとあらゆる自らの環境も価値観も変わってしまう。

 

若い頃は、なかなかこれがわからない。

 

多くの人は、現在の価値観で未来を予測する。

 

ところがいざ、未来がやってきたとき、

自分の目標の小ささに気付いてしまうことがある。

「あの時、もう少し頑張れたな。」

 

そんな風に、若い頃を反省することは誰にもあると思う。

もし、10年前の自分に会いに行くことができるとして、

 

その時の悩みについて相談されたなら、

なんて答える? 同じ自分であっても、

答えは10年前と変わると思わないか?

 

今の自分なら、 10年前の自分の考えの甘さ、未熟さについて語るでしょ?

じゃあ、10年後の自分が今の自分に会いに来るとしたら、

 

今の自分になんて言うと思う? 今君が悩んでいることに、

何て言うと思う?

 

はい。 ここで深呼吸。

 

続けるよ。

 

 

僕が君に対して、

最も懸念していることは、

立てた計画をろくに遂行せずに、

次の計画に向かおうとしている事だ。

 

今勤めている医院において、

自分は十分に働いたというのであれば、

それは大きな間違いだと思うよ。

なぜそれが間違いなのか? それを君に教えよう。

そもそも、 一つの職場に3年いられない奴は、

常識的に考えて、どこかに問題がある。

3年という月日は、 若い頃には長く感じるかもしれないが、

実はそれほど長い時間ではないんだよ。

特に、歯科治療においては、 3年、いや5年は同じ医院で診療しないと、

見えないものが山ほどある。

 

3~5年続けた者だけがわかる領域があるという事だ。

 

卒業してから2年目から3年目あたりで、

大抵の奴は鼻が伸びる。 あ、もちろん僕も当時は伸びまくりだよ。

伸びすぎて、簡単にポッキリ折れたしね。(笑)

 

 

歯科治療そのものが仕事の全てだと思うのなら、

それは間違いだ。 君は近い将来、

いずれ開業して多くの患者さんや スタッフを幸せにしなければならない立場になる。

 

その時、院長は誰よりもタフでなければならないし、

あらゆることを想定して、 適切に行動しなければならない。

 

経営者になった時、歯科治療が占める割合は、

 

全ての仕事の3分の1程度でしかないんだよ。

院長になればわかるんだ。

勤務医の時は、何も見えていなかったなと、

 

必ず知るはめになる。

まあ、それが普通なんだけどね。

これからは、 治療が上手いというだけでは、

生き残れない時代であることは知っているよね?

 

歯科医師免許と保険医の登録だけで、

豊かな生活が送れる時代はもう終わったんだよ。

(未だにこれを認めたくない輩がいるけどね)

 

そもそも、 これも普通なんだけど(笑)

 

制度を利用しただけの豊かな生活は、

大抵の場合、いつまでも続かないんだな。

 

将来独立して、 自分の医院を経営する時、

勤務医時代に培った経験と考え方がものを言うんだ。

 

今にしかできないことがある。

それを見つけることも大切な仕事なんだ。

 

そこを見過ごすと後で痛い目に合う。

必ず痛い目に合う。

 

もし何らかの理由で、

しかも取るに足らない理由で、

 

自分のスタッフが辞めたいと申し出た時、

 

君はその時なんて言う? どんな理由も、

 

本人にしてみれば正当な理由だと思うよ。

 

でも本当に正当な理由とは、

 

多くの他人が納得できる理由でなければならない。

 

 

もちろん、君は真面目だし、 今回の事情も良く理解できる。

 

 

でもね、今そこを辞めることは、

せっかくのチャンスを棒に振ってしまう可能性が 高いと思う。

 

勤め始めてから、ようやく仕事を覚え、

こなせるようになったのなら、

そこから、初めて見えてくるものがある。

 

そこの医院の本当の良い所、悪い所、

 

今まで自分には見えなかったもの。

 

それだけじゃない、

自分の行った治療の良し悪しや、

患者さんとの関係の変化など、

診療にに余裕が生まれたのなら、

もっと別の視点で、自分や院長の治療を 眺めることが大切だと思う。

 

そして、 何よりも、教えてくれた院長にちゃんと 恩返しをすること。

給料の10倍働くつもりで丁度いいと思うよ。

自分が院長になった時、 ちゃんと返ってくるから。

最初に勤めた医院で、 3年勤務できる奴とできない奴、

僕に言わせればこの差は大きいんだよ。

 

 

人は苦難からしか学べないことがある。 苦難とは、違和感と拒絶感を伴うものだ。

 

僕らはいつも正しい選択をしようとする。

ところがその選択は、正しいとは限らないんだよ。

選択を誤ることは誰しもあるからね。

そういう失敗を繰り返しながら、 正しい選択の方法を学んでいくのが普通だと思う。

 

でもね、同じ失敗を繰り返すことはお勧めできない。

同じ失敗だと気付かないから、

失敗した後に気付くんだ。

同じ失敗だと。 君は同じ失敗をしようとしているかもしれないよ。

 

頑張れることをただひたすら続けることを、

努力というのなら、それは間違いない。

だけどそれだけではダメなんだ。

 

本当の努力とは、 行き詰ったり、心が折れそうなときに 起こす行動なんだ。

 

 

頑張れそうにない時に頑張ることが、

真の努力なんだ。

 

追い詰められた時にしか成長できないことがあるという事、

 

これを経験した者だけがわかる感覚があるという事を 知っていて欲しいと思う。

 

価値のある失敗と、価値のない失敗がある。

 

どんな失敗も何かの糧になることは間違いないけれど、

 

質の良い失敗をする方が、成長の質とスピードが変わるんだ。

 

火の危険性を、

大やけどさせてまで子供に教えたいと思うかい? 火の危険性を知るなら、

もっと別方法があるよね。

 

今、君が立たされている岐路は、

 

誰もが通過するものだと認識して欲しい。

君もいつか、僕と同じことを、

自分より若い世代に伝える日が来るだろう。

 

もちろん、 何かを決断する時、

一つの視点だけで判断することは危ういから、

  僕が言ったことを踏まえた上で いろいろな角度から改めて決断すればいいと思う。

 

 

判断に迷う時、 僕はいつもこの言葉を思い起こす。

 

怠けるものは不満を語り、 努力するものは希望を語る。

 

 

志の高い怠け者にならないように。

 

熟慮することを心より願う。 では。