抜歯論  

 

一生留まることのできる再生できない組織を、

何らかの理由で取り除いてしまうということ。

 

その視点で考えれば、 「

 

歯を抜くということは、指を切除するということと同義である」

 

少なくとも、僕はそう考えている。

抜歯をするか否か その岐路に立たされた時どうするか?

治療目的によって、 歯科医の技量によって、

患者さんの考え方によって、

それぞれに抜歯の判定は異なる。

 

多くの患者さんは、 歯を抜きたくないはずだ。

 

わずかでも可能性があるのなら 多くの患者さんは歯を残したいはずだ。

 

抜歯が必要とされるケースのほとんどは、

1 齲蝕による歯の著しい崩壊、

2 歯周病による歯根膜と周囲骨の破壊

3 外傷による歯の破折

 

これら3つのどれかである。

 

残っている歯や、その周りの状態が、

治療後の環境に耐え得るか否か?

そこが重要だ。

 

教科書的に白黒はっきりできる症例であれば迷いはないが、

臨床においてはグレーな症例であることが少なくない。

 

長期的に用いることは難しいが、 直ちに抜歯するにはもったいない。

 

こういう時がときどきある。ジレンマに陥ってしまう。

 

そんな時、 レントゲン(CTも含む)のみでは診断材料としてとして乏しすぎる。

 

見ただけで判断することはできない時があるのだ。

歯を存続させるための条件

 

1 歯根膜が生理学的、組織学的に機能している

2 歯の周りに十分な骨量が存在し、骨の代謝が正常に行われている

3 歯の病的動揺がない

4 歯の内部、外部に感染がない

5 歯に異常な力がかからない

 

これらの条件をどれだけ満たしているか?

 

すべてクリアされていれば、

その歯は健康な臓器として一生口の中に留まることになる。

このうちのどれかに問題があるのなら、 その歯の使用期間には制限が生まれる。

 

使用期限付きの歯(可能性として)になるという事だ。

そしてもう一つ大切なことがある。

患者さん自身の治癒力だ。

 

これについては数値化できない。

学問として成立させることが難しい。

医学的根拠に基づきながらも、 経験と勘に頼らざるを得ない時もある。

 

 

歯を少しでも保存できる可能性があるのなら、

治癒力を測りながら決断を先送りにすることもある。

やってみなければわからないこともあるのだ。

実際、保存は厳しいと判断したが、

嬉しくも予想は裏切られ、今も歯として機能しているケースもある。

 

逆もまた然りだ。

さらに時として、患者さんの心を待つことも大切だ。

 

理解する事と、納得するという事は同義ではない。

 

人間は誰しも、理解はしても受け入れられない時がある。

 

その時は、患者さんの心を待つことも治療の一環である。

残存歯質、残存骨量、

歯根膜機能の有無と稼働率 清掃管理能力の有無、

歯牙に加わる力の量と方向 今後の口腔管理への取り組み方 、

患者さんの治癒力 これらを踏まえた上で、

その歯が歯としての恩恵をもたらすよりも、

関連組織(歯周組織、隣在歯 対合歯 顎関節など)に 為害性を与え続けていくと判断された時、

患者さんの意見を尊重した上で抜歯の是非を問う。

 

先に述べた3つの抜歯理由に対する対策を述べておく

 

1 齲蝕による歯の著しい崩壊

残存歯質の量と形態、

並びに修復材料の種類によっては、

直ちに抜歯せずとも対応できることがある。

また、部分矯正や歯周外科を併用することで、

抜歯せずに済む場合が少なくない。

精密な治療を施す事が重要と言える

 

2 歯周病による歯根膜と周囲骨の破壊 ?

歯周組織の感染を除去し、

再び歯周組織を再構築できるかどうかが要となる。

特に歯根膜組織の保存は最重要課題であろう。

歯根膜が再び機能できれば、

周囲骨の再生は容易となるが、

歯根膜が破壊されてしまうと抜歯は必須となる。

破壊された範囲が小さければ、

歯周外科で対処できることもあるが、

これについては様々なケースがあり、 やってみないとわからない場合が多い。

 

YAGレーザーを用いて、

歯根膜組織への影響を最小限に抑えながら 感染を除去する方法もあるので、

歯科医によって判断と対処が分かれる場合がある。

 

3 外傷による歯の破折 ?

外傷歯の取り扱いについて知識と経験が豊富な歯科医師であれば、

適切に対処できることが少なくない。

破折のみであれば対処できる場合もあるが、

感染を併発しているとなると助かる見込みは少なくなる。

また、外傷歯の取り扱いについて、

熟知している歯科医師は少ないと思われる。

破折しているからといって、即抜歯になるとは限らない。

 

破折の状態と、歯科医の技術次第では、保存できることもある。

 

昨今、インプラント治療の登場によって、

抜歯を即座に決定する流れがあるような気がする。

インプラント治療を行いたいが故に抜歯することは、

倫理的にも間違っている。 インプラントを治療の目的にしてはならない。

 

他院で抜歯を勧められ、 不信に思って当院に相談に来る患者さんがいる。

 

どう考えても、抜歯の必要性が見当たらない時、

歯科界の行く末が心配になる。

歯科医が患者さんに提供するものは、治療そのものではない。

解決と満足である。  治療とは、それを成し遂げるための手段に過ぎない。

 

歯を抜くという事が、どれほどクレイジーなことかが、

この国の共通意識として存在する日が来る事を、切に願う。

 

もし、抜歯を勧められたのなら、

その理由を十分に理解し、納得した上で決断して頂きたい。

 

また、必ずというわけでもないが、

他の歯科医の意見も 参考にされることを勧めたい。

 

そして、何よりも、歯を抜かざるを得ない状況に導いた 原因の解明と、

今後の目標に重点を置いて頂きたいと思う。

 

?to be or not to be, that is question