歯肉移植を伴わない歯肉再生

インプラント治療において、最初に考えなければならないことは、
豊富な骨と歯肉、形の整った歯槽堤、適切な形態の対合歯など、
インプラントを取り巻く環境が健全であるかどうか? である。

その環境の度合いが、インプラント治療成功の度合いに直結する。
時々新しい歯科材料が出る度に、新しい論文が出る度に著名な人たちが好き勝手にものをいう。
話半分で聴くには面白いが、まじめに聞くと危うい。
一つの成功症例が、他の症例に当てはまるとは限らないのだ。
そこは謙虚でいたほうがいい。
 
なぜ成功したのか?なぜ失敗したのか?
臨床家は日々の診療の中で、 自らの症例を通じて学んでいくものだ。
教科書に書いてあることはだいたい正しいが、時々誤解を招く表現も混ざっている。
真実は、現場が教えてくれるものだ。
 
この写真はインプラント治療のための骨造成を試みる途中で、
歯肉が裂開した部位を人工材料のみで回復した症例である。
ここまで歯肉が裂開、退縮したものであれば、通常は他の部位から歯肉を移植しなければならないのが通常だろう。
 
もちろん、そうなるだろうと考えたが、まずは裂開部の保護を優先する必要があった。
健全な組織がなければ、移植そのものが失敗に終わることは明白であるからだ。
どうせ後で移植するから、と油断してはいけない。
 
いまできること、今しかできないこと、まずはそれを第一に考えて実行する必要がある。
 
迷う時は原点に立ち戻る。
基礎医学の知識は、こういう時に非常に役に立つものだ。
 
細胞それぞれの役割や特性を理解し、これまでの臨床経験をそこに重ね合わせることで、
自然の摂理を正しく理解できると考えている。
誰しも偏見を完全に取り除くことは難しいが、そこを意識するだけでも
冷静な判断力を身に着けられるようになると考えている。
正直に言えば、人工材料のみでここまで歯肉が回復するとは思わなかった。
 
冷静迅速な対処が功を奏したと思うが、似たような症例で再現できるか?と言われると、どうかと思う。
経験から言わせてもらえば、患者さんの治す力もそれぞれだからだ。
 
移植材料について今日様々な議論がなされる中、材料についてあーだこーだと考察するよりも、
人の持つ治癒システムについて最初に議論するほうが賢明であると、改めて教えられた症例だと思う。
 
6か月かけて、患者さんの歯肉の回復を邪魔しないようにTEK形態をこまめに改善した結果、
ここまで回復できたのは裂開直後の感染を防ぎ、移植した人工骨が機能したからだと理解している。
 
そもそも裂開を防げればよかったのだが、そこは個人的に深く反省している。
ただ、このような経験ができたことには、深く感謝もしている。
 
僕の力ではない。 患者さんの治す力なのだ。
 
医療が治癒力を邪魔してはならない
 
そんな言葉が、ふと頭をよぎった。